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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4143号 判決 1978年5月19日

原告

日栄興業株式会社

右代表者

池辺融

右訴訟代理人

安木健

外五名

被告

阿部節美

被告

松村組こと

繁保旭

右両名訴訟代理人

田宮敏元

被告

山川史郎

主文

原告に対し、被告阿部節美、同繁保旭は各自金七五万円およびこれに対する昭和五〇年九月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告阿部節美、同繁保旭に対するその余の請求および被告山川史郎に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告阿部節美、同繁保旭との間においては、原告に生じた費用の五分の一を被告阿部節美、同繁保旭の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告山川との間に生じたものは原告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一被告阿部に対する請求

一契約金について

(一)  <証拠>によれば、原告は風俗営業による飲食経営を目的とする会社である(右事実は原告と被告山川間で争いない)こと、昭和四九年七月一日原告が被告阿部を「ボナール」に所属するホステスとして採用するにあたり、契約金として金六〇万円を交付した(この事実は原告と被告山川、同阿部間では争いがない)こと、右契約金は当初金一〇〇万円であつたが、被告阿部の勤務状態、売掛金回収状況からみて同月中ごろ金六〇万円に減額されたこと、右契約金は、被告阿部が契約日より二カ月を経過して毎月純売上金一〇〇万円を達成しないときはこれと同額の金員を返還する約束であつたこと、右契約金は被告阿部が本件契約に基づく債務を完遂した時は被告阿部は右契約金を自己の所得となしうること、右売上高や契約金は原告とホステスの話し合いで決められること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  被告らは右契約金は前借金であり公序良俗に違反する旨主張する。しかしながら、右認定の事実によれば、右契約金は被告阿部が「ボナール」にホステスとして勤務し、売上高が所定の金額に達していることを停止条件とする一種の報償金の前払と解するのが相当であり、右売上高および契約金の額は当事者の合意によつて決められるものであつて、不当にホステスを拘束するものでないことは明らかである。従つて右抗弁は採用しない。

(三)  被告らは、原告が右条件成就を妨害した旨抗弁する。原告が昭和五〇年一月二〇日「ボナール」を閉鎖したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告阿部は昭和四九年七月一日から昭和五〇年一月二〇日まで「ボナール」に勤めたが、右期間中出勤すべき日は一六三日であつたのに同被告の出勤した日は八三日にすぎず、その間同被告が一カ月の純売上一〇〇万円を達成したことはなかつたことが認められる。ところで前記のとおり、本件契約金は被告阿部が毎月一〇〇万円の純売上を達成することを停止条件とする一種の報償金と解すべきところ、右認定の事実によれば、「ボナール」の閉鎖がなつたとしても、被告阿部が右条件を成就しえないこと明らかであるから、被告らの右抗弁もまた失当である。

(四)  よつて被告阿部は原告に対し、本件契約金六〇万円の返還義務を負うというべきである。

二貸付金二八〇万円について

(一)  原告が原告主張のころ、被告阿部が従前勤務していたクラブ「輝扇」の未収売掛金支払に充てるために、同被告に対し金二八〇万円を貸し渡したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告阿部は「輝扇」においても顧客に対し掛売りを認めてもらう代わり未収売掛金の回収について同被告が責任を負い、退店と同時に同被告が未収売掛金の立替払をすることになつていたこと、一般に、ホステスを他店から引抜く場合、新しい店が前店の未収売掛金債務の清算金を立替払いし、これをホステスに対する貸付金として処理していること、被告阿部は「輝扇」に対する未収売掛金債務の清算金として原告から本件金員を借受けたこと、右金員の返済期日は昭和四九年九月一〇日であり、「輝扇」の未収売掛金を被告阿部が回収して原告に右貸付金の返済金として入金することになつていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件貸付金は実質的には同被告が「輝扇」に対して有していた未収売掛金債務を原告が立替払いし、これを消費貸借の目的とする準消費貸借の性質を有すると解するのが相当である。

(二) 被告らは右貸付金は公序良俗に違反し無効である旨主張するところ、「輝扇」に対する顧客の未収売掛金債務をホステスに負担させる契約は、後記四で述べる如く公序良俗に違反する無効な契約というべきであるから、これを原告が立替払いし準消費貸借となした本件貸付金についても被告阿部は支払義務を負わないというべきである。

(三)  よつて右金員の支払を求める原告の請求はその余について判断するまでもなく失当である。

三貸付金五〇万円について

(一)  <証拠>によれば、原告は昭和四九年七月一日被告阿部に対し金五〇万円貸し渡した(この事実は原告、被告阿部、同山川間で争いがない)こと、右最終弁済期日は同年一一月二八日であつた(右事実は原告被告山川間で争いがない)こと、弁済方法は毎月給与支払日ごとに金一〇万円宛五日(ママ)分割弁済となつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  被告らは右消費貸借契約に関し、同人の勤務収入によつて返済するという条件が付けられており、原告の「ボナール」閉鎖によつて右返済の前提条件が欠如したから返済義務を負担しない旨主張するが、本件全証拠によるも右のような条件の存在を認めることができない。

(三)  しかして被告阿部は右金員のうち金三五万円を弁済したことは原告の自認するところであるから、同被告は原告に対し右貸付金残金一五万円の支払義務を負うというべきである。

四未収売掛金債務について

(一)  <証拠>によれば、昭和四九年七月一日、原告と被告阿部において、「ボナール」において被告阿部の顧客にいわゆる掛売りを認めるかわりに、未収売掛金(立替金、車代ほかを含む)の回収について被告阿部が責任を負い、在勤中は原告が定めた日より六〇日以内に回収できない場合は被告阿部が未収金を立替払いし、退職等の場合は直ちに未収金を立替払いする合意が成立した(以上の事実は原告と被告山川間で争いがない)。こと、右方法はクラブ等における顧客の飲食代金支払確保のためホステス採用の際一般に行われていること、この様な方法が用いられるのは、ホステスが顧客の身元、支払能力などを知つており、クラブ経営者としてはホステスを信用して本来即時に支払われるべき性質の飲食代金の支払を猶予し、掛売りを認めるかわり、ホステスに一切の責任をとらせ売掛金回収を図ると共に売上金の増加をはかつていること、右売掛金の回収は第一次的にはホステスが集金して会社に納めることになつており、その場合原告名義の領収書が交付されること、ホステスが集金した場合、集金手当として当該回収した飲食代金の一〇パーセントが手渡されていたこと、しかし売掛先の氏名、住所等は店に届出ることになつており、店が直接に集金することも可能であつたこと、被告阿部は退職時において金九〇万四四六〇円の売掛金を回収していなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  被告らは右契約は公序良俗に違反し無効である旨主張するのでこれにつき判断する。

前記認定の事実によれば、右契約は、被告阿部の顧客が原告に対して負う飲食代金債務につき、被告阿部に対し、一定期間内は被告阿部が取立ててこれを原告に入金するという独立の債務を負担させ、期間経過後は連帯保証債務を負担させる趣旨の契約と解するのが相当である。しかしながら、

(1)  右契約では被告阿部の負担する債務は、同被告の顧客の飲食代金の額によつて決定されるが、この客とは、単に阿部を指名した者に過ぎず、また飲食代金の額については全く制限がない。即ち被告阿部は、この飲食代金債務の発生について客の遊興飲食の接待をする限度で関与するだけであり、債務の発生及びその額は、同被告の意思とは関係なく飲食提供者たる原告や顧客の意思によつて決定されることになつている。従つて被告阿部の負担する債務には一切制限がない。

(2)  右契約は、被告阿部が原告と雇傭契約を締結する際に同時に締結されたものであつて、実質的に雇傭契約と一体を為すものであり、被告阿部としてはこの契約だけの締結を拒めば雇傭契約自体の締結が困難になる。

(3)  右契約は、原告が経営者としての優越的地位を利用して経営者が本来負担すべき掛売によつて生ずる危険を回避して、自ら顧客から取立てるべき飲食代金を自己の被用者である被告阿部に支払わせてこれを容易に回収しようとするものである。

(4)  また被告阿部が退職しようとする場合には、理由の如何を問わず、直ちに指名客の飲食代金の未収分金額について支払の責を負わねばならないことになり、退職の自由が事実上の制約を受けることになる。

尤も、前記認定のとおり、被告阿部が売掛金を回収した場合には集金手当が支給されていること、顧客に掛売を認めることはホステスの収入をあげるに有効であることが認められるけれども、右事実を考慮に入れても、前記契約は、原告が従業員であるホステスに対し不当に過酷な負担を強いることにより、一方的に利益を得る契約であつて、公序良俗に違反し無効というべきである。

してみると、右契約が有効であることを前提とする原告の請求は失当というべきである。

五相殺の抗弁について

(一)  被告阿部は原告に対し契約金の残金四〇万円の請求権を有する旨主張するが、前記認定の事実によれば、契約金は当初一〇〇万円であつたが、当事者の合意によつて六〇万円に変更されたから、被告阿部は、契約金の残金四〇万円の請求権を有しないことは明らかである。

(二)  被告阿部は「ボナール」閉鎖という原告の債務不履行によつて生じた閉鎖の日から昭和五二年六月三〇日までの一ケ月三五万円の割合による逸失利益六〇六万六六六六円の損害賠償請求権の存在を主張する。しかしながら、<証拠>によれば、被告の雇傭契約の相手方は原告であつて、「ボナール」への配属は単に契約の一要素に過ぎないものであつたこと、「ボナール」閉鎖時、被告阿部は原告経営の「アモーレ」に移るように勧められたがこれを拒絶していること、「アモーレ」は「ボナール」に比べて、店の格や勤務条件も良く一日の固定給の額も一〇〇〇円位多かつたこと、被告阿部にとつて「アモーレ」に勤めることは何等の不利益もなかつたことが認められる。従つて、被告阿部は「アモーレ」に誠実に勤務すれば、従前以上の収入を得られたというべきであるから、被告の逸失利益の主張はその余について判断するまでもなく失当である。

六以上のとおり、被告阿部は原告に対し前記一で認定した契約金六〇万円および三認定の貸付金残金一五万円の合計金七五万円およびこれに対する弁済期後の昭和五〇年九月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

第二被告繁保に対する請求

(一)  <証拠>によれば、被告繁保は被告阿部が「ボナール」に入店する以前からの知り合いであるところ、被告阿部に頼まれて保証人となることを承諾し、昭和四九年七月ごろ「ボナール」の事務所において、店長の被告山川から契約書等の書類を見せられて説明を受け、被告阿部の第一の一ないし四の債務につき原告に対し連帯保証をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  被告繁保は、原告に形式だけだと告げられて保証契約を締結したから右契約は虚偽表示により無効である旨主張する。しかしながら本件全証拠によるも右事実を認めるに足りない。よつて右主張は失当である。

(三) してみると、被告繁保は原告に対し、連帯保証人として、被告阿部と同様第一の六で述べた金員を支払う義務があるというべきである。

第三被告山川に対する請求

原告は、被告山川が被告阿部の一切の債務につき連帯保証した旨主張する。<証拠>によれば、次の事実が認められる。

昭和四九年六月、被告阿部は、「ボナール」の店長の被告山川から同店で働くようにスカウトされ、同月二〇日頃それまで働いていた「輝扇」を辞めた。そして同月末から慣れるために「ボナール」へ出ていたが、本格的に勤めるようになつたのは七月一日からであつた。ところでホステスを他店から入店させるにあたつてはあらかじめ前店での勤務内容、得意先、入金状況を調べ、契約金、売上金等を検討し、保証人の調査を行つたうえで、ホステスに契約金や貸付金を出す場合には禀議にかけて社長が、そうでない場合は営業担当者である店長が、採否を決定するということになつていた。被告阿部の雇傭にあたつては、被告阿部の提出した書類に不備があつたり、同被告人の立てた保証人に問題があつたりしたため、同被告が既に「保証人」で勤務を始めたにも拘らず、原告は正式に同被告の採用を決めてはいなかつた。しかし七月二、三日には被告繁保が保証人として新たに立てられたこと、被告阿部の前店「輝扇」から同被告に関する債務の支払を請求されるトラブルが生じかけていたこと、前店に被告阿部をもどすということになれば前店との交渉にあたつた被告山川の立場がないこと等の事情があつたため、被告山川は被告阿部の正式な採用を原告に対し強く求めていたこと、そして同月一〇日ごろ被告山川は今晩どうしても金が必要である旨原告に告げたところ、前記書類に不備があり、保証人の確実性に疑問があつたので、原告の常務の浅井安から誓約書の文面を示され、右誓約書提出を条件として副社長の決済で被告阿部を正式採用することになり、被告山川は「保証人印鑑証明その他書類の整備は勿論阿部節美の今後一切の行為義務履行等に私が責任をもつて処理することを保証し誓約します」という内容の誓約書を作成して原告に提出し、同日貸付金、契約金等合計金四三〇万円が被告阿部に交付されたこと、その後書類は整備され、被告山川は原告に再三誓約書の返還を要求したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の誓約書作成の経緯、記載内容並びに前記甲第一ないし第五号証に対比して考えると、右誓約書は、被告阿部が一般の場合とはかなり異つた経緯をたどつて採用が決まつたため、その採用についての推進者たる被告山川に、今後書類の記載についての不備等採用に関する問題を処理することを確約させるために作成されたと認めるのが相当であつて、被告山川が被告阿部の一切の債務を連帯保証した趣旨とは認められない。尤も証人斎藤篤、同浅井安の証言中には「右誓約書は被告山川が金銭債務を負う趣旨で作成された」旨の証言があるが、右証言は前記認定の事実に照らして措信せず、他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

してみると、右連帯保証契約の存在を前提とする原告の被告山川に対する請求は失当というべきである。

第四結論

以上説明のとおり、原告の被告阿部、同繁保に対する請求は前記限度で正当であるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告の被告山川に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(将積良子)

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